『日本文学にみる純愛百選』から「2000〜2005年」の作品を紹介します。
「秘事」 河野多惠子(こうの・たえこ) 2000
大学卒業後すぐに結婚する三村清太郎と麻子。総合商社に入った清太郎は順調に出世し、夫婦仲も円満で、子や孫にも恵まれる。完璧な順風満帆の人生をあえて描く実験的小説。
「目覚めよと人魚は歌う」星野智幸(ほしの・ともゆき)2000
ラテンアメリカ文学の血を継ぎ、国家=権力や制度に対する抵抗を小説言語の力で実践しつづける星野智幸が描く、世界の果ての愛。精緻な物語構築により高い評価を受けた一作。
「砂売りが通る」 堀江敏幸(ほりえ・としゆき) 2000
二〇代前半で“子もちのバツイチ”な彼女と、三〇代後半で“フランス帰り”な私。四歳の少女をつれて浜辺を散歩するふたりを、思い出とともに淡彩画としてスケッチする「回想小説」。
「ニッポニアニッポン」 阿部和重(あべ・かずしげ) 2001
ニッポニア・ニッポンという学名ゆえ特別天然記念物として保護・増殖され、保存・再生されている“トキ”をめぐる、17歳の少年による革命計画! 日本という「国家」の矛盾をあぶりだした“天皇萌え”なラブストーリー。
「娼年」 石田衣良(いしだ・いら) 2001
「女もセックスも退屈」という20歳の青年が、「肉体を売る」経験を通して「限りなく愛に近いなにか」を知る。2001年7月に集英社から出版され、直木賞候補になった。
「センセイの鞄」 川上弘美(かわかみ・ひろみ) 2001
老いたセンセイと中年女性との淡い恋愛模様が描かれた本作は、ふだん恋愛小説とは縁遠い中高年層の男性にも支持され、大ベストセラーに。
「世界の終わりという名の雑貨店」嶽本野ばら(たけもと・のばら)2001
Vivienne Westwoodで全身を固めた「君」と雑貨店を営む「僕」との悲しい純愛物語。おしゃれな乙女アイテムの固有名詞満載な小説である。後に映画化された。
「月魚」 三浦しをん(みうら・しおん) 2001
裏庭の池の主だという錦鯉は見た覚えがない……着流しの似合う古書店『無窮堂』の若き当主と、そんな彼の髪の毛を触るのが好きな幼なじみの男。ふたりは、山奥の豪邸まで古本の買入に生き、“運命のいたずら”と向き合う羽目に!
「姫君」 山田詠美(やまだ・えいみ) 2001
結婚の儀式で誓い合われる「死が二人を分かつまで」とは具体的にどういう事態なのか。その検証とでもいうべき愛と死にまつわる五つの物語を収めた、あまりに山田詠美的な短篇集。
「ルージュ」 柳美里(ゆう・みり) 2001
化粧品会社に勤める谷川里彩は、偶然の成行きから、自社のキャンペーン・モデルになってしまう。その時から、彼女の恋愛の物語が始まる。
「ダーク」 桐野夏生(きりの・なつお) 2002
愛した男の獄中自殺を知ってから、女探偵村野ミロは緩慢なる自死を開始した。義父を殺し、かつての親友を裏切る。再び命を見出すまで。『顔に降りかかる雨』に始まるミロ・シリーズの到達点。
「本格小説」 水村美苗(みずむら・みなえ) 2002
前作『私小説 from left to light』から七年の沈黙を経て発表された、壮大なスケールを持つ威風堂々たる恋愛小説。水村美苗のしなやかな知性と感性を余すところなく伝える一作。
「博士の愛した数式」 小川洋子(おがわ・ようこ) 2003
80分しか記憶の続かない数学者と家政婦、息子「ルート」の甘く切ない心の交流。数の真実と阪神江夏への情熱。そして封印されていた愛。
「愛がなんだ」 角田光代(かくた・みつよ) 2003
携帯電話を肌身はなさずに好きな男からの着信を四六時中も待ちわびている山田テルコ28歳、ウザがられない「恋愛関係」の構築に向けて、せつないくらいに全力疾走!
「愛妻日記」 重松清(しげまつ・きよし) 2003
夫婦間の倦怠を乗り越えるための「純愛」が、きわどいエロス表現(AV風、動物化、自宅軟禁、少女買春、同衾自慰、ネット輪姦)を通して語られる、全6篇からなる性愛小説集の表題作。
「東京湾景」 吉田修一(よしだ・しゅういち) 2003
寄る辺なき孤独感と、その裏返しの圧倒的な自由感。純文学/エンタメ系の垣根を易々と越える吉田修一が、都会に暮らす若者たちのセンシティブな心と身体を鮮やかに描きだした秀作。
「続・吉原幸子詩集」 吉原幸子(よしはら・さちこ) 2003
「いつも遺書のやうなものであった」という吉原幸子の詩。「詩は排泄だ」とも語っていたが、呵責ないその自己追求は、剃刀の刃の上での張り詰めた詩の舞踏独演のようだった。
「蹴りたい背中」 綿矢りさ(わたや・りさ) 2003
現役女子高生作家としてデビューした綿矢りさが卒業後に書いた、女子高生の「生活と意見」。軽く毒を効かせたユーモアのある語り口と、丁寧かつ繊細な筆致が見事な小説世界。
「袋小路の男」 絲山秋子(いとやま・あきこ) 2004
文字通り袋小路にある家に住んでいる一年先輩の男に恋して12年。恋人でもない、単なる友人でもない「はっきりしない関係」を続ける「私」の、曖昧なのに不思議に爽やかな物語。
「スイートリトルライズ」 江國香織(えくに・かおり) 2004
言葉づかいのセンス、周到に用意されたディテール、そして普遍的テーマを独特の視点で切り取るスタイル。いま圧倒的な支持を受けている江國香織が描く、「不倫」のかなしみ。
「旅をする裸の眼」 多和田葉子(たわだ・ようこ) 2004
全13章すべて、一年ごとの「わたし」の出来事を、スクリーン上で出会った一人の女優(ちなみにカトリーヌ・ドヌーヴである)の出演した13の映画と交錯するように語っていく物語。
「好き好き大好き超愛してる。」舞城王太郎(まいじょう・おうたろう)2004
無駄と知りながら言うべき言葉は一つの“祈り”だ。骨肉腫で死んだ彼女をめぐる〈僕〉の回想小説に、SF・ファンタジー的寓話が交錯してゆく――。“進化した純愛小説”にして、著者ならではの“物語論”。
「性交と恋愛にまつわるいくつかの物語」高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)2005
AV俳優になっていく「短小で包茎の引きこもり男」と「ブスでデブで冴えない女」、幼児性愛者の欲望の微妙さ、チンパンジーがセックスを続ける前で少女と出会う「終わった」男など、四話。
「LOVE」 古川日出男(ふるかわ・ひでお) 2005
プロットと語り手の異なる「ハート/ハーツ」「ブルー/ブルース」「ワード/ワーズ」「キャッター/キャッターズ」の四部構成の小説。男と女が、人と動物が瞬時交錯する。第19回三島賞受賞作。
(了)