擬人主義的動物観
ピュリッツァー賞を受賞しているサイエンスライターと『FBI心理分析官』を訳している訳者。面白い本です。
著者のスタンスは、タイトルから想像できますが、「擬人主義」という立場。
…それはあらゆる生きものに対する共感、あるいは連帯感だ。動物を擬人化することの是非をめぐる論争がエッセイのひとつでとりあげられているが、自分は擬人主義者の考えを全面的に支持する、とアンジェは明言している。人間以外の動物にも個性や意志、感情、意識がある、という見地に立っているのだ。…(p299)
解説者も書いてますが、著者の説明のしかたや比喩、たとえの巧みさはすばらしい。
この本で注目したいのは、科学と宗教と罪の関係です。
「恋愛」も「労働」もキリスト教的倫理が強く影響していると思うのですが、生物学(進化論)はそれをことごとくぶっ壊します。
「肉欲=奔放さ」は生物多様性につながる
たとえば、恋愛だったら「肉欲」や「ねたみ」の大罪に関連していると思いますが、動物行動学ではむしろ「奔放さ」こそが生物多様性につながるのだと説明します。
…多数の相手と交尾するメスは、すぐれた遺伝子を子に伝えるというより、多様な遺伝子を確保して、少なくとも子供の何割かは確実に生き残るようにしているとも言える。ミツバチの女王が巣を出るのは一回だけだが、その一回の外出時に、近くをパトロールしている25匹ものオスと交尾する。
女王バチがどれだけのオスを相手にしたかを知るのは簡単だ。交尾を完了するためには、哀れなオスは女王バチの体の上で生殖器を破裂させなけえばならず、その過程で自らは死ぬが、それによって交尾の動かしがたい証拠を残す。
女王バチが生殖に関してかなりの負担を強いられているのはたしかだ――なにしろ約400万個の卵子を受精させるだけの精子を確保しなければならない――が、オスバチ一匹でもそれだけの精子を供給できることを考えれば、女王バチの奔放な行動は、むしろ子孫のために遺伝的な多様性を保証するすることが目的だと思われる。…(p28)
不倫は「自然」(むしろあたりまえ)
また、鳥類の「一雌一雄制」は人間がそうあってほしいという単なる投影のようです。(不倫は自然?)
…鳥類の94パーセントは一雌一雄制で、母鳥と父鳥が協力しあってひなを育てる、とこれまで考えられてきた。しかし遺伝学的手法によってひなの父親を調べた結果、一つの巣の中にいるひなの平均30パーセント以上は、巣の主であるオス以外の鳥が父親であることが判明している…(中略)…ひとつの巣の中にいるひなの10パーセントから70パーセントは、彼らを育てているオスの子供ではないことが判明した。…(p27)
生物学的労働観(怠惰は自然。というかその方が効率的=経済的)
次に、労働倫理だったら「怠惰」の大罪に関係していると思いますが、「怠け」こそが動物の本質であると生物学は言います。(怠惰は自然!)
…真夏のけだるい日々や、クリスマスと元旦にはさまれた楽しくもものうい数日間、あるいはさまざまな誘惑に満ちた午後、のんびりしたいという衝動にかられつつも、怠けるのは悪だという根強い倫理感にはばまれて休めない人たちは、ぐうたらするのはごく自然なこと、理にかなったことであり、人間以外のほとんどどの動物もそうしいるという事実を考えてみるといい。…(p178)
…アリやミツバチ、ビーバーといった動物の勤勉さをたたえる寓話は、実態とはかけ離れている。時間活用解析と呼ばれる新しい手法により、大多数の動物はほとんどの時間を何もせず過ごしていることが判明したのだ。動物は食べる必要があるとき、または食べることができるときに食べる。周期的な衝動にしたがって求愛し、繁殖する。
…しかしたいていの動物は、働くべしという聖書の教えを無視して、座る、寝そべる、居眠りする、体を前後にゆらす、とりとめなくぐるぐる歩きまわるといった、非生産的な活動をしてときを過ごす。原野にいる動物を長期間にわたって追い、その動物の一日の活動すべて記録したら、おそらく「あれまあ、こいつほんとに何もしてないんだ」という結論に達するだろう。人間は他の動物の二倍から四倍働く。家族の世話や家事も入れるともっと多い。…(p178~)
…しかし、われわれはなんて勤勉なのだろうといい気になってはいけない。よく調べてみると、動物が何もせずいるのはものぐさだからではなく、何らかの目的のためであることがわかる。のらくらして過ごす理由は、貴重なカロリーを消費しないため、摂取した食物の消化を助けるため、体温を無用に上げないため、体をあたためるためなど、さまざまだ。…(p179)
…動物は研究者にさまざまななぞを提供する。セレンゲティで20年間にわたってライオンを観察しきた人たちによると、観察者はほとんどずっと双眼鏡で褐色の毛皮のかたまりを見つめて過ごすことになるという。群れ全体の無意識が破られるのは、たまになかの一頭がピクピク耳を動かすときだけだ。ライオンは十二時間も、同じ場所でまったく動かずにいることができる。活動するのは日に二、三時間で、その短い時間に集中的に獲物をとらえたり、それを食べたりする。…(p180)
…サルは疲れを知らない曲芸師のように、いつも活発に動きまわっていると思われている。だが多くの種は日中の四分の三はぶらぶらしているし、夜はたいてい十二時間は寝る。
…ハチドリは世界でもっとも忙しく、エネルギーを多量に消費する鳥だ。ただし、それは飛んでいるときの話で、昼間の時間の八〇パーセントは小枝にとまってじっとしており、夜は寝る。…(p180)
…ビーバーはひたすらせっせと働くと思われており、その名前は働き者の代名詞になっている。だがビーバーが安全な巣を出て食物を探したりダムを修理したりするのは、日に五時間だけだ。しかもその間に何度か休憩する。もっとも精力的に活動しているはずのときでも、ときどき巣に戻ってしばらく休む。…(p181)
…イソップ童話で有名な働きバチやアリも、花蜜を集めたり巣の掃除をしたりといった労働にあてる時間は、一日の二〇パーセントにすぎない。それ以外のときはハチもアリも、やるべきことのリストをなくしてしまったけど、まあいいやという風情で、何もせずじっとしている。
社会性昆虫はいつもせっせと働いているという通念は、おそらくハチの巣やアリ塚の観察から生まれたのだろう。こうした巣では活動の絶えることがないからだ。しかし個々の虫に印をつけてその行動を逐一追えるようになったいま、個体としてのハチやアリには暇な時間がかなりあることがわかっている。…(p181)
…休養しているときの動物について調べる際に、生物学者は経済学で使う複雑な数学モデルを利用する。これは動物が必要としているエネルギーの量、繁殖率、気候条件、食物と水がどこで手に入り、どの程度豊富かといった各種の要素を考慮してつくったものだ。
彼らはまた、食糧探しのために消費されるエネルギーと、食糧が手に入った場合に得られるカロリーとを比較するなどの方法で、詳細な費用便益分析をおこなう。
そのためには、動物が食糧を探しているときはじっとしているときに比べてどれぐらいエネルギーを使うか、動くとどれぐらい体温が上がるか、上がった体温を下げて体を冷やすためには体に蓄えられた水分をどれぐらい蒸発させるかなど、さまざまな計算をする必要がある。こうした分析が完成すると、休んでいようという動物の選択はなるほど賢明だと研究者たちはおおむね納得する。…(p181~)
人間は「不自然」である(宗教=文化は人間を規律化=不幸化する)
寝たいときに寝、食べたいときに食べるという生理的欲求(快感原則)に忠実に生きる動物。
一方、生理的欲求を抑制するかたちで「社会」(現実原則)を生きざるをえない人間。
そこで登場するのが七つの大罪(宗教)というわけです。
…人間はふつう他の動物より働く時間が長いが、勤勉さの度合いは文化によって異なる。…人間がよく働く理由の一つは、他の動物と違ってわれわれは休みたいという衝動をおさえることができるからだ。昼寝したくなったときコーヒーを飲み、暑くてぼうっとしそうなときに冷房をつける。多くの人間は生きるために必要な量よりはるかに多くの財産を築きたいという強い欲求につき動かされて、しゃにむに働く。リスはひと冬を越すのに必要な食糧しか集めない。大学の学費のこと、退職のこと、古いレコードのかわりにCDを買うことなどを心配するのは人間だけだ。…
…このように物を手に入れるのに執着するのは、おそらく文化的学習の結果だろう。狩猟採集民の多くは、その日に殺した獲物、あるいは集めた食糧を食べて生きており、将来のために蓄えることはほとんどない。彼らが働くのは日に三時間から五時間だけだ。どんな仕事人間の中にも、怠けたいという本能的な欲望がひそんでいるのかもしれない。肉欲や大食と並んで、怠惰が七つの大罪の一つに数えられているのはそのためではないだろうか。…(p185~186)