おんざまゆげ

"感受性マイノリティ男子"が綴る日々の雑記・雑感… 読書、映画、アニメの感想など。

内なる差別感情/「障害者になりたくない」という差別心について

「障害」は嫌だ

「目が見えるのと、目が見えないのと、どちらがいいですか?」と言われたら、私は「目が見える方がいい」と答える。目が見えなくなるのは端的に「嫌だ」と思う。その方が不便だからだ。

「目が見えないのは嫌だ」(目が見える方がいい)と答えることは、「視覚障害者になるのは嫌だ」(目が見える健常者の方がいい)と言ってることに等しい。ということは、「目が見える方がいい」→「目が見えないのは嫌だ」→「視覚障害者になるのは嫌だ」→「視覚障害者になりたくない」と言うことになる。

 従ってこれは、「視覚障害者」を否定していることになるのではないか…。

「障害者を差別してはいけない」と思っていながら「自分は障害者になりたくない」とも思っている。これは矛盾していると思う。前回述べたように、「ヘイトスピーチは差別だ」と言いつつ「ヘイト感情」を抱いているのと同じである。

「自分は障害者になりたくない」と思っていることと「障害者を差別してはいけない」と思うことは、いったいどのように両立可能なのか。

 相模原殺傷事件が起こった一年前、私は以下の記事でそのことについて考えてみたのだが、絶望的にまったく答えが出せなかった。

 

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「良心なき善良な人」/スノーデンとアイヒマンのはざまで

“リョウシン”ちがい

先生:「その問題は君の“良心”に従って決めるしかない…。私がとやかく言えるような問題じゃないよ。」

生徒:「そんな… 私はもう“両親”なんかに従いたくありません…。ずっと我慢してきたんですから…。」

 

上司:「君はそれでいいと思うのか? 君にも“良心”というものがあるだろう?」

部下:「はい…。お陰様で今も長野に住んでます。“両親”にはずっと迷惑をかけっぱなしで…。親孝行したいです。いま以上に仕事、がんばります!」

 

 上の事例は本当にあった話らしい。高校生のときの授業で「良心とは何か」みたいな話になったときに先生が言っていた話である。

 日本のような社会では、「良心」の問題を言いたくて“リョウシン”と言うと、なぜか「両親」の問題になってしまう。それほど「良心」が問われず、「良心」という概念が根付いていない(あるいは「良心」よりも「両親」が重視される)ということである。

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なぜ「恋愛感情」と「セックス」はつながるのか——アセクシュアルからみた「好き」と「ベロベロ」について

セクシュアリティに関しての一つの疑問を考えてみたい。

 疑問とは「なぜ、恋愛感情とセックスは結びつくのか」である。

 まず「恋愛感情を持つ」というレベルにおいて「持たない~持つ」までの間のスペクトル(強弱)がある。次に「セックスしたい」というレベルにおいて「まったくしたくない~すごくしたい」までの間のスペクトルがある。そして、「恋愛感情を持たない」けど「セックスがしたい」~「恋愛感情を持つ」けど「セックスはしたくない」という間のスペクトルがある。

 世の中の「普通=ノーマル」と呼ばれる人たちは「恋愛感情を持つ」というのと「セックスがしたい」と思うのがあたりまえだと考えており、なおかつ「恋愛感情があるからこそセックスがしたい」というふうにごく自然に「恋愛感情」と「セックス」が結びつくと思っている。

 それ以外の人たちはすべて「性的マイノリティ」であると分類される。

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漫画『新世紀エヴァンゲリオン』/シンジ君の成長物語と人類補完計画

エヴァは「貞本エヴァ」で落着!

  漫画版貞本エヴァを読んで思ったのは、シンジ君の成長物語(精神的自立)に照準していて、すごくスッキリしてわかりやすくなっているということ。

 これはこれでアリだし、もう「エヴァ」はこれでいいのではないか…。

 綾波が消滅して雪になるところが感動的だった。

 

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【小説】窪 美澄『よるのふくらみ』/肉食女子と草食男子の恋愛は、予想通りの結末に…… 愛は性欲を越えない!

 その体温が、凍った心を溶かしていく。29歳のみひろは、同じ商店街で育った幼なじみの圭祐と一緒に暮らして2年になる。もうずっと、セックスをしていない。焦燥感で開いた心の穴に、圭祐の弟の裕太が突然飛び込んできて……。『ふがいない僕は空を見た』の感動再び!  オトナ思春期な三人の複雑な気持ちが行き違う、エンタメ界最注目の作家が贈る切ない恋愛長篇。(アマゾンより)

 

 つきあってるのに、どうして、しない、の

 

 祝福された愛に、孤独を深める女。

 思いを秘めたまま、別の恋に堕ちる男。

 離れていく心に、なすすべのない男。

 

 その体温で、僕の心を溶かしてくれ

 

 

【目次】

なすすべもない

平熱セ氏三十六度二分

星影さやかな

よるのふくらみ

真夏日の薄荷糖

瞬きせよ銀星

 

よるのふくらみ (新潮文庫)

よるのふくらみ (新潮文庫)

 

 

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加藤尚武『災害論 — 安全性工学への疑問 —』/「復興」には義務を超えた倫理が必要

  哲学者 加藤尚武さんの「災害」(主に原発事故)に関する本。

 

災害論―安全性工学への疑問― (世界思想社現代哲学叢書)

災害論―安全性工学への疑問― (世界思想社現代哲学叢書)

 
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優生思想を生みだす幸福論/能動態的幸福の世界

 

 何でもないような事が 幸せだったと思う

 何でもない夜の事 二度とは戻れない夜

 

『ロード』(THE 虎舞竜)の有名な一節。

ちなみに「ロード」には第十三章まであるらしい(全部聴いたことはない)

 壮大な世界観である。

 

「何でもないようなこと」を後から振り返って、「あのような何でもない日々は幸せだったのかもしれない…」と思うことがある。

 このような「ロード」的な幸福の感じ方を〈受動態の幸福〉と捉えるなら、世の中のほとんどの幸福論は〈能動態の幸福〉だと思う。

 能動態の幸福というのは人間の欲望と関係しており、人間が生みだす罪深さとどこかで連動しているのではないかと私は思っている。幸福というのは常に受動態でしかないものなのに、それを強引に能動態に変換するときにムリが生じるのだと思う。

  

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ブラック部活批判の矛盾した論理——真由子先生の部活批判について/「内藤朝雄」論(3)

 私は社会学者の内藤朝雄さん(以下敬称略)の『いじめの社会理論』『いじめの構造』を読んで以来、熱烈な支持者(内藤論者)になった。

 前々回は内藤の「中間集団全体主義」について簡単に触れ、前回は「なぜ内藤は教育関係者からスルーされるのか」について書いた。

 今回は内藤論者から見た「ブラック部活批判の矛盾点」について書きたいと思う。

 

いじめの社会理論―その生態学的秩序の生成と解体

いじめの社会理論―その生態学的秩序の生成と解体

 
いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

 

 

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われらは『涙と笑いのハッピークラス』を否定する——中間集団全体主義が生みだす感動と残酷について/「内藤朝雄」論(2)

 私は社会学者の内藤朝雄さん(以下敬称略)の『いじめの社会理論』『いじめの構造』を読んで以来、熱烈な支持者になった。内藤の「いじめの理論」=「中間集団全体主義」論についての大まかな要約は前回述べた

 

いじめの社会理論―その生態学的秩序の生成と解体

いじめの社会理論―その生態学的秩序の生成と解体

 
いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

 

 

内藤朝雄」論者の憂鬱

 内藤を支持する「内藤論者」になると、きまって一つの「憂鬱」に悩まされることになる。その憂鬱とは、内藤はとてもいいことを言っているのに、なぜ教育関係者(特に教員)に人気がないのかである。正確に言うと、「人気がない」のではなく「相手にされない」あるいは「無視(スルー)されている」のだが…。

 

趣旨

 以下の文章では二つのことを同時に論じている。

(1) 内藤がいじめの問題で提示した「いじめの理論」=「中間集団全体主義」論は、なぜ、教育関係者からスルーされるのか。

(2) 中間集団全体主義が生みだす「感動」は、それとは真逆の「残酷」を生みだすことがあり、この感動と残酷を生みだす構造とメカニズムはまったく同じものである。

 

  • 『涙と笑いのハッピークラス』
  • 「感動を生みだす構造」を批判する
  • プロジェクトX~挑戦者たち~』の感動と残酷
  • 「涙と笑いのハッピークラス」と「プロジェクトX」の共通性
  • 「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した!!…」の残酷さ
  • われらは「卒業式」(=感情共同体)を否定する
  • まとめ

 

 

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「上から目線」という「上から目線」…

 自分は偉そうに物申しているのではないか…。

「上から目線」で物を言っているのではないか…。

 そうやって過度に気にする人がいる。

 逆に、「偉そうに言うな」とか「上から目線で言うな」と文句を言う人達がいる。

 

 そのような人たちは高橋源一郎さんの「威張るな!」というエッセーを読んでほしい。

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