おんざまゆげ

@生き延びるために...

「日常生活に潜むリバタリアニズム」— 再分配政策(生存権保障)の正当性・社会保障のあり方・分配的正義論(引用メモ)

 「日常生活に潜むリバタリアニズム(=「わたしが働いて得たお金はすべてわたしのものだ」というロジック)を批判する主張(引用メモ)を紹介する。批判対象は主にロック的所有権論=ノージックリバタリアニズムである。具体的には、租税の正義論・分配的正義論にもとづく再分配政策(生存権保障)の正当性根拠、「人」ではなく「現象」に対処するという社会保障のあり方、サンデルの「生の被贈与性」*1ロールズ正義論の核心部分(岩田 1994)についての引用である。

  • それは、ほんとうに、あなたのお金なのか?
  • 「租税の正義」と所有権
  • 社会保障のあり方
  • ・サンデル
  • ロールズ

 

*1: 「生の被贈与性」とは......

 人間の生は「選びえないもの」として「与えられた=贈られた」ものだと捉える価値観・信念。詳しくは [ サンデル 2010 ] 参照のこと。

 

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トランスフォビアとパス至上主義 —— セクシュアリティ・フェミニズム・クィア理論 (4)

 今回はトランスセクシュアル(TS)に対する差別と、このTS差別(トランスフォビア)の根底にあると思われる本質主義的性別二元論(=パス至上主義)について考えてみたい。

 TSトランスセクシュアルの略)の問題系は、現存の性の制度に生きるすべての人の問題系であり、個別的な話題ではなく、性制度の構造そのものに関わるもの…(竹村2013:45)

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ポルノ擁護論とマスターベーション論 ——セクシュアリティ・フェミニズム・クィア理論 (3)

 今回はいままでの流れとはちょっと外れて、上野千鶴子さんのセクシュアリティ定義、ポルノグラフィ擁護論(=表現の自由を擁護し、ポルノ規制に反対する立場)マスターベーション論を考えてみたい。

 

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社会構築主義と「クィア存在」の可能性 —— セクシュアリティ・フェミニズム・クィア理論 (2)

 前回異性愛主義について論じた。要約すると以下のようになる。

 異性愛主義ヘテロセクシズム)は、性差別(セクシズム) —— 性差の階層秩序女性差別と性対象の階層秩序(同性愛差別) —— をつくりだし、この性差別のうえに支えられているのが異性愛主義([ ヘテロ ] セクシズム)という規範システムである。

 異性愛主義は「男」と「女」という二つの性的身体を必要とし、この二つの身体を強制的に組み合わせる。このセックス・ジェンダー二元論を巧妙に支えているのがセクシュアリティという神話である。異性愛主義のセクシュアリティは、たった一つの「正しいセクシュアリティ」しか認めない。

「正しいセクシュアリティ」は、性器=生殖セクシュアリティとして機能し、本来は多様であったエロスの自由を「膣へのペニスの挿入」という矮小化したエロスに仕立て上げる。また、性器=生殖セクシュアリティは、生殖イデオロギー(次代再生産というエロスの目的論)と、家族イデオロギー(家庭というエロスの合法化)によっても支えられている。生殖イデオロギーと家族イデオロギーは資本主義社会からの要請(あるいは結託)として機能する。

 セックス(生物学的な性差)ジェンダー(社会・文化的な性差)は、セクシュアリティという神話をとり入れることによって、身体の二分割とジェンダーの二分割を正当化し、セックスがあたかも自然であるかのように隠蔽する。

 わたしたちが疑問視するのは、ジェンダー規範だけではない。この世に誕生した子どもの身体を外性器の特徴から「男」と「女」という二つの身体(セックス)に強制的に分割することも、当然のことながら疑問符がうたれることになる。

 

 今回は、竹村和子さんらの言語的社会構築論を紹介しながら、生物学的性差としての身体(二つの性的身体という虚構)がいかに言語的、社会的に構築されているかを考え、最後に「クィア存在(マイノリティ)」の生き方としての可能性について論じてみたい。

〈セックスは本質的か〉
 … ジェンダーセクシュアリティ/セックス——とくにもっとも本質的に決定されているとみなされているセックス——がいかに社会的につくられ、所与の本質的な事実となるかという仕組みを解明することなく、公的制度、私的領域、自己把握のすべてを覆う性の体制を置換していくことにはならない。(竹村 2000:46)

〈セックスの虚構性〉
 ... 解剖学的な女というカテゴリーも、近代医学が追証しようとしているフィクションではないのか。女を判別する基準は、性器をふくむ身体形態なのか、ホルモンなのか、染色体なのか、出産能力なのか。しかし皮肉なことに、そういった判別基準は近代医学の発達によって逆に曖昧にされているものではないか。判断基準を精密にすればするほど、一個の個体を男女に弁別することの正当性が揺らぐことにはならないか。また女性性器をもっていることと、社会的に〈女〉であることのあいだに、どれだけの直接的な因果関係が見いだされるのか。… (竹村 2002:73)

 

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異性愛主義と性差別 —— セクシュアリティ・フェミニズム・クィア理論 (1)

 今回は竹村和子さんの書籍(論文集や対談集)などをひもときながら「セクシュアリティ」について考えてみたいと思います。

 すなわち [ヘテロ]セクシズムが、わたしの身体/精神の隅々までを構造化している … (竹村 2002:135)

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