おんざまゆげ

"感受性マイノリティ男子"が綴る日々の雑記・雑感… 読書、映画、アニメの感想など。

加藤尚武『災害論 — 安全性工学への疑問 —』/「復興」には義務を超えた倫理が必要

  哲学者 加藤尚武さんの「災害」(主に原発事故)に関する本。

 

災害論―安全性工学への疑問― (世界思想社現代哲学叢書)

災害論―安全性工学への疑問― (世界思想社現代哲学叢書)

 
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優生思想を生みだす幸福論/能動態的幸福の世界

 

 何でもないような事が 幸せだったと思う

 何でもない夜の事 二度とは戻れない夜

 

『ロード』(THE 虎舞竜)の有名な一節。

ちなみに「ロード」には第十三章まであるらしい(全部聴いたことはない)

 壮大な世界観である。

 

「何でもないようなこと」を後から振り返って、「あのような何でもない日々は幸せだったのかもしれない…」と思うことがある。

 このような「ロード」的な幸福の感じ方を〈受動態の幸福〉と捉えるなら、世の中のほとんどの幸福論は〈能動態の幸福〉だと思う。

 能動態の幸福というのは人間の欲望と関係しており、人間が生みだす罪深さとどこかで連動しているのではないかと私は思っている。幸福というのは常に受動態でしかないものなのに、それを強引に能動態に変換するときにムリが生じるのだと思う。

  

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ブラック部活批判の矛盾した論理——真由子先生の部活批判について/「内藤朝雄」論(3)

 私は社会学者の内藤朝雄さん(以下敬称略)の『いじめの社会理論』『いじめの構造』を読んで以来、熱烈な支持者(内藤論者)になった。

 前々回は内藤の「中間集団全体主義」について簡単に触れ、前回は「なぜ内藤は教育関係者からスルーされるのか」について書いた。

 今回は内藤論者から見た「ブラック部活批判の矛盾点」について書きたいと思う。

 

いじめの社会理論―その生態学的秩序の生成と解体

いじめの社会理論―その生態学的秩序の生成と解体

 
いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

 

 

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われらは『涙と笑いのハッピークラス』を否定する——中間集団全体主義が生みだす感動と残酷について/「内藤朝雄」論(2)

 私は社会学者の内藤朝雄さん(以下敬称略)の『いじめの社会理論』『いじめの構造』を読んで以来、熱烈な支持者になった。内藤の「いじめの理論」=「中間集団全体主義」論についての大まかな要約は前回述べた

 

いじめの社会理論―その生態学的秩序の生成と解体

いじめの社会理論―その生態学的秩序の生成と解体

 
いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

 

 

内藤朝雄」論者の憂鬱

 内藤を支持する「内藤論者」になると、きまって一つの「憂鬱」に悩まされることになる。その憂鬱とは、内藤はとてもいいことを言っているのに、なぜ教育関係者(特に教員)に人気がないのかである。正確に言うと、「人気がない」のではなく「相手にされない」あるいは「無視(スルー)されている」のだが…。

 

趣旨

 以下の文章では二つのことを同時に論じている。

(1) 内藤がいじめの問題で提示した「いじめの理論」=「中間集団全体主義」論は、なぜ、教育関係者からスルーされるのか。

(2) 中間集団全体主義が生みだす「感動」は、それとは真逆の「残酷」を生みだすことがあり、この感動と残酷を生みだす構造とメカニズムはまったく同じものである。

 

  • 『涙と笑いのハッピークラス』
  • 「感動を生みだす構造」を批判する
  • プロジェクトX~挑戦者たち~』の感動と残酷
  • 「涙と笑いのハッピークラス」と「プロジェクトX」の共通性
  • 「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した!!…」の残酷さ
  • われらは「卒業式」(=感情共同体)を否定する
  • まとめ

 

 

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「上から目線」という「上から目線」…

 自分は偉そうに物申しているのではないか…。

「上から目線」で物を言っているのではないか…。

 そうやって過度に気にする人がいる。

 逆に、「偉そうに言うな」とか「上から目線で言うな」と文句を言う人達がいる。

 

 そのような人たちは高橋源一郎さんの「威張るな!」というエッセーを読んでほしい。

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人間が怪物になるしくみ/「内藤朝雄」論(1)

「いじめの社会理論」(=中間集団全体主義

 私は社会学者の内藤朝雄さん(以下敬称略)を熱烈に支持している。『いじめの社会理論』や『いじめの構造』を読んで以来、完全に「内藤朝雄」論者になった。

 内藤が提示した「いじめの社会理論」(=中間集団全体主義)はいじめ問題だけにとどまらず、日本の共同体的な社会を分析するうえで欠かせない有効なモデルである。

 

いじめの社会理論―その生態学的秩序の生成と解体

いじめの社会理論―その生態学的秩序の生成と解体

 
いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

 

 

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みんなが「松岡修造のような人(MSH)」になんてなれない!/ブラック企業・部活動・就活と「人間力=MSH規格」の関係

〈 日本社会を生きづらくするMSH規格 〉

 教育社会学者の本田由紀さんが提唱したハイパー・メリトクラシー(=人間力を最も体現している人物モデルは「松岡修造のような人(MSH)」であると思う。

 

 学校共同体はMSHをつくりだそうとしており、会社共同体はMSHを採用したがっている。もしMSHだったらすぐに内定が決まるはずであり、MSHは自衛隊からコンビニ店員まで幅広い適応力を発揮する。

 

 MSHはコミュニケーション能力抜群であり、上司や先輩にすぐに気に入られ、後輩の面倒見がいい。(あまりにもMSHすぎると後輩に疎まれるだろうが…)

 

 MSHな生徒は部活動が大好きであり、MSHな教師は部活動に情熱を燃やす熱血指導者になる。MSHな会社員は会社共同体においてブラック研修に苦もなく「企業戦士」に変貌し、『プロジェクトX』的な感動物語のなかを生きようとする。

 

 おそらく日本社会においてMSHになれれば最も適応的なハッピー人間になれる。なぜなら、日本社会の共同体システムはMSH仕様にできているからだ。

 

 しかし、世の中には「蛭子能収みたいな人」もいる。蛭子さんみたいな人がどんなに努力してもMSH仕様の共同体システムに適応できるはずがない。(これが本当の「個性」というものである。だからこそ蛭子さんは漫画家になれたのだろう)

 

 蛭子さんまでの齟齬はなくても、ちょっとでもMSHからずれてしまえば途端に「コミュ障」という範囲と見なされてしまう。そのぐらいハイパー・メリトクラシーの人格モデル(MSH規格)は厳格であり、日本社会の生きづらさの一端はそこにあると思われる。

 

 本当はみんなMSH規格を疑問視している(望んでいない?!)のに、日本の共同体システムは依然としてMSH規格を採用している。

 

 ブラック部活動の問題もそのような共同体システムにおけるMSH規格問題の一つではないだろうか。(了)

 

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「いじめられる側も悪い」という論理/原因・失敗と責任について

「いじめられる側にも非がある」

 いじめ問題について議論しているときに今でもよく語られる「いじめられる側にも原因がある」とか「いじめられる側にも悪い点がある」といった「ぶっちゃけ」論。

 彼らはなぜそのような論理を取るのだろう。

 

lite-ra.com

 

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「いじめ自殺」について/「学校は死にたくなるような気持ちを抱えてまで行かなければならない場所ではない」

「魔の夏休み明け」

 おそらく「魔の週末明け(月曜日の憂鬱)」の比ではない「魔の夏休み明け」が近づいています。子ども(特に小学生)にとって夏休みとは「お祭り期間(ハレ)」のようなもの。あの憂鬱な日常には戻りたくない。しかも「学校的日常」なんかうんざりだ…。これが平均的な子どもたちの実感ではないでしょうか。

 だとしたら、いじめの被害に遭っている子どもはなおさらのこと。学校なんかに行きたくないと思うのは当然です。

 今回は「いじめ」について考えてみました。

 

夏休み明けは子どもの自殺が増える時期

 魔の夏休み明けが近づいてきたわね。そう、子供の自殺が増える時期。以前は九月一日が危険だったけど、最近は八月最終週から始まる学校が増えてるから、この雑誌(週刊文春8月31日号)の発売日から一週間位が勝負なの。

 

blogos.com

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「すべての生が無条件に承認される社会」へ向けて——「生きづらさ」についての雑記(3)

 今回は「生きづらさ」と「承認」の問題を考えてみようと思います。

 前半では「承認と生きづらさの関係」「承認と自尊の関係」を考えます。

 後半では「ただ生きているだけで生が否定されてしまう社会構造」を批判的に問題にし、それにかわる「すべての生が無条件に承認される社会」へと転換するためには何が必要なのかを考察したいと思います。 *1

  • すべての生が否定されない社会
  • 「生きづらさ」と「承認」の関係
  • 三つの承認形式
    • 「尊重」としての承認(基底的承認)
    • 「愛情」としての承認(感情的承認=本質的承認)
    • 「評価」としての承認(属性的=機能的=価格的承認)
  • 「生きづらさ」と「自尊」の関係
    • 「自尊」を構成する三つの承認形式
    • 承認形式の見取り図
  • 「ただ生きている」だけで生が否定されてしまう社会
  • すべての生が無条件に承認される社会へ
  • 脚注

 

*1: 今回の記事の趣旨について…

 相模原障害者殺傷事件が起こってからもうすぐ一年になります。そこで自分なりに一年間考えてきたことをまとめようと思いました。(一年分のまとめなので長くなりました。)

 長いので目次を作成し、読みやすいように小見出しと改行で多めに区切り、図を挿入しました。最初から最後まで読む人はいないと思うので大事だと思うところは嫌になるほど何度も同じことを繰り返し説明しています。

 

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